「健康診断や人間ドックの費用は経費にできるのか」。一人社長や個人事業主から、よく出る質問です。
結論は「誰が、どんな体制で受けるか」で変わります。同じ人間ドックでも、経費にできる場合と、難しい場合があります。
本記事は国税庁の通達や質疑応答事例をもとに、立場ごとに整理します。一般的な情報のため、個別の判断は税理士や所轄の税務署にご確認ください。
- 立場によって人間ドック費用の扱いが変わる全体像
- 一人社長のリスク(役員だけが対象→給与課税・損金不算入)
- 従業員がいる法人が福利厚生費にできる要件
- 個人事業主の本人分・従業員分それぞれの扱い
1. 人間ドック費用を経費にできるかは「誰が・どんな体制で受けるか」で変わる
まず全体像です。立場によって扱いが分かれます。
| 立場 | 費用の扱い | 主なポイント |
|---|---|---|
| 一人社長(役員のみ・従業員なし) | 福利厚生費と断定しにくい | 「役員だけが対象」に当たりやすい |
| 従業員がいる法人 | 要件を満たせば福利厚生費 | 全員が受診でき会社が費用を負担 |
| 個人事業主本人 | 必要経費は難しいと考えられる | 事業との直接の関係を区分しにくい |
| 個人事業主+従業員 | 従業員分は経費にできる可能性 | 法人の考え方からの類推 |
大切なのは、2つの制度を分けて考えることです。
- 福利厚生費・必要経費は「受診の前の体制」で決まります。
- 医療費控除は「受診の結果」で決まります。
この違いを押さえると、混乱しにくくなります。
2. 一人社長(役員のみ・従業員ゼロ)の人間ドック費用は経費にできるか
一人社長の場合、「福利厚生費にできる」と安易には言えません。理由は、税務上の2つのリスクです。
リスク1:給与として課税される可能性
会社が負担する福利厚生的な利益は、原則は課税しなくてよいとされています。ただし例外があります。
「その額が著しく多額」の場合と、「役員だけを対象として供与される場合」は、課税の対象になり得ます(出典: 国税庁 所得税基本通達36-29)。
一人社長は従業員がいません。受診の対象が、役員本人だけになりがちです。
そのため「役員だけを対象」という例外に、構造的に当たりやすいのです。この場合、費用が給与とみなされ、課税される可能性があります。
リスク2:会社の損金にもできない可能性
役員へ継続的に与える利益のうち、「毎月おおむね一定」のものは、定期同額給与として損金に算入できます。それ以外は損金に算入できません(出典: 国税庁 No.5202 役員に対する経済的利益)。
なお、このページに人間ドックの直接の記載はありません。ここは一般原則からの当てはめです。
年1回の人間ドックは「毎月おおむね一定」ではありません。仮に給与と認定されると、会社の損金にもできない可能性があります。
つまり、個人に課税され、会社も損金にできない、という二重の不利益が起こり得ます。
一人社長の人間ドックは、リスクのある領域です。処理の前に、税理士や税務署へ個別にご確認ください。
3. 従業員がいる法人なら全員を対象にすれば福利厚生費にできる
従業員がいる法人は、条件を満たせば福利厚生費にできます。
国税庁の質疑応答事例では、次の場合に給与課税しなくてよいとされています。「一定年齢以上の希望者は全て受診でき、かつ受診者全員の費用を会社が負担する」場合です(出典: 国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用負担」)。
一方、役員や特定の地位の人だけを対象にすると、課税の問題が生じます。
事例では、全従業員に春と秋の2回の健康診断を行っています。あわせて、35歳以上の希望者全員に人間ドックを実施しています。
要件を整理すると、次のようになります。
- 一定年齢以上の希望者全員が受診できる
- 受診者全員の費用を会社が負担する
- 役職や地位で対象を区別しない
- 金額が常識的な範囲におさまっている(通達36-29の「著しく多額」に当たらない)
年齢での線引きは認められています。一方で、役職や地位による差別は認められません。ここが分かれ目です。
4. 個人事業主本人の人間ドック費用は必要経費にできるか
個人事業主本人の人間ドックは、必要経費にするのは難しいと考えられます。
必要経費と家事の費用が混ざったものを「家事関連費」といいます。これが必要経費になるのは、業務に直接必要と明らかに区分できる部分だけです。(出典: 国税庁 No.2210 必要経費の知識 / 所得税基本通達45-1・45-2)。
人間ドックは、事業主自身の身体のためのものです。事業との直接の必要性を、明確に区分するのは容易ではありません。
そのため、一般的には必要経費にしにくいと考えられます。
ただし、注意点があります。「個人事業主本人の人間ドックは必要経費にできない」と明言した国税庁の事例は、確認できません。
ここで述べたのは、あくまで一般原則からの当てはめです。個別の判断は、税理士にご確認ください。
なお、福利厚生費は一般的な会計実務では、従業員のための費用とされます。事業主本人はその対象になりにくい、という点もあわせて押さえておくとよいでしょう。
5. 個人事業主が従業員を雇っている場合の扱い
個人事業主が従業員を雇っている場合、従業員のための人間ドック費用は、必要経費にできる可能性があります。
考え方は、法人の福利厚生費と同じ方向です。一定年齢以上の希望者全員が受診でき、事業主が費用を負担する、といった体制を整えることが前提になります。
ただし、これは法人向けの質疑応答事例の考え方からの類推です。個人事業主を直接の対象にした国税庁の事例として、確認したものではありません。
また、事業主本人の分は、第4章のとおり難しいと考えられます。従業員分と本人分は、分けて考えることが大切です。
6. 「医療費控除」と「必要経費・福利厚生費」は別物
ここは、混同されやすいポイントです。2つの制度を切り分けます。
- 医療費控除:個人の所得税の制度。1年間に払った医療費が一定額を超えると、所得控除を受けられます。
- 必要経費・福利厚生費:事業の経費の制度。
人間ドックなどの健康診断は、治療を伴いません。そのため原則として、医療費控除の対象外です。
ただし例外があります。健康診断で重大な疾病が見つかり、引き続き治療をした場合です。この場合は、その健康診断の費用も、医療費控除の対象になります(所得税基本通達73-4)。
(出典: 国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用」 / No.1122 医療費控除の対象となる医療費)
軸の違いを、一言でまとめます。
- 医療費控除は「受診の結果」で決まります。
- 福利厚生費・必要経費は「受診の前の体制」で決まります。
7. 勘定科目と仕訳例(法人・個人事業主それぞれ)
仕訳の一例です。ここでは人間ドック代を50,000円と仮定します。実際の支払額に置き換えてください。勘定科目は、顧問税理士の方針で変わることがあります。
法人:福利厚生費にできる場合
会社の口座から直接支払い、領収書を保管します。
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 福利厚生費 50,000円 | 現金預金 50,000円 |
法人:役員のみで給与とみなされる場合
費用が給与として扱われる可能性があります。この場合は、源泉徴収の対象になり得ます。処理の前に、税理士へご確認ください。
個人事業主:従業員分を福利厚生費とする場合
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 福利厚生費 50,000円 | 現金預金 50,000円 |
個人事業主:本人分
原則として必要経費にしにくいため、事業用の口座から出した場合は「事業主貸」で処理するのが一般的です。
| 借方 | 貸方 |
|---|---|
| 事業主貸 50,000円 | 現金預金 50,000円 |
8. 税務調査で否認されないためにできること
否認のリスクをなくすと言い切れる方法はありません。ただし、要件を説明しやすくする備えはあります。一般的な備えとして紹介します。
- 健康診断や人間ドックの取扱いを、福利厚生規程などに定めておく
- 対象者・年齢基準・費用負担の範囲を、文書で明確にする
- 全従業員への案内(周知)の記録を残す
- 会社や事業の口座から直接支払い、領収書や明細を保管する
- 立替払いのときは、精算の記録を残す
- 特定の役員や地位の人だけが対象にならないよう運用する
これらは、あくまで説明をしやすくするための備えです。制度上の条件そのものではありません。必要な対応は、個別の事情で変わります。判断に迷うときは、税理士にご相談ください。
9. よくある質問
- 一人社長でも人間ドック費用を福利厚生費にできますか?
-
断定はできません。従業員がいないと、受診の対象が役員本人だけになりやすいためです。通達36-29の「役員だけを対象」に当たりやすく、給与課税や損金不算入のリスクがあります。個別に、税理士や税務署へご確認ください。
- 従業員がいれば無条件に経費にできますか?
-
無条件ではありません。一定年齢以上の希望者全員が受診でき、費用を会社が負担する、といった要件を満たすことが前提です。役職や地位で対象を分けると、課税の問題が生じます。
- 個人事業主である自分の人間ドック代は経費になりますか?
-
一般的には難しいと考えられます。事業との直接の関係を区分しにくいためです。ただし「経費にできない」と国税庁が明言した事例は確認できません。個別に、税理士へご確認ください。
- 人間ドックの費用は医療費控除の対象になりますか?
-
原則は対象外です。治療を伴わないためです。ただし重大な疾病が見つかり、引き続き治療をした場合は、その人間ドックの費用も医療費控除の対象になります。
- 領収書が個人名義だと経費にできませんか?
-
名義だけで一律に決まるとは言えません。大切なのは「どんな体制で受けたか」です。名義や支払方法は、証跡として整えておくとよいでしょう。個別の判断は、税理士にご確認ください。
10. まとめ:あなたの立場別チェックリスト
最後に、立場ごとの確認ポイントです。
| 立場 | 確認ポイント |
|---|---|
| 一人社長(役員のみ) | 受診の対象が役員本人だけになっていないか/給与課税・損金不算入のリスクを税理士に確認したか |
| 従業員がいる法人 | 一定年齢以上の希望者全員が受診できる体制か/会社が費用を直接負担しているか/役職や地位で対象を区別していないか/福利厚生規程や周知の記録を整えたか |
| 個人事業主本人 | 本人分は原則として難しいと理解しているか/医療費控除の対象になる状況か(重大な疾病の発見と治療)を確認したか |
| 個人事業主+従業員 | 従業員分と本人分を分けて考えているか |
人間ドックの費用は、「誰が・どんな体制で受けるか」で扱いが変わります。自分の立場を確認し、迷う点は専門家に相談することが、安心につながります。
本記事は一般的な情報です。税制の適用は、個別の事情で変わります。実際の処理は、顧問税理士や所轄の税務署にご確認ください。
参考(出典)
以下は本記事の主な出典です。
- 所得税基本通達36-29(給与等に係る経済的利益): https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/05/03.htm
- 国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用負担」: https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/gensen/03/03.htm
- No.5202 役員に対する経済的利益: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/hojin/5202.htm
- 国税庁 質疑応答事例「人間ドックの費用」: https://www.nta.go.jp/law/shitsugi/shotoku/05/09.htm
- No.1122 医療費控除の対象となる医療費: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1122_qa.htm
- No.2210 必要経費の知識: https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/2210.htm
- 所得税基本通達45-1・45-2(家事関連費): https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/shotoku/07/01.htm
- 所得税基本通達73-4(重大な疾病発見後に治療した場合の健診費用。上記「人間ドックの費用」質疑応答事例で参照)

